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今日は、22年YEGの近畿ブロック草津大会の実行委員会の役員が決まったので、打ち合わせをしました。
その中で、大会のテーマを考えていたら、急がば回れ、の言葉が出てきてそれを調べたら草津の言葉でした。
ことわざの『急がば回れ』とは、「成果を得るには、例え遠回りをしても安全で確実な方を選べ。」という意味。実はこの『急がば回れ』ということわざは、琵琶湖で産また言葉なのです。
東海道と中山道が交わる草津宿(くさつじゅく)から、次の大津宿(おおつじゅく)へ向かうには2つの経路がありました。
1つは、矢橋道(やばせみち)を進み、矢橋港(やばせみなと)から琵琶湖を船で渡る『水路』。もう1つは、東海道をひたすら歩く『陸路』です。
『水路』は、船に乗って疲れた足を休ませることができますし、重い荷物を置いてのんびりと船旅を味わうこともできます。
その中で、大会のテーマを考えていたら、急がば回れ、の言葉が出てきてそれを調べたら草津の言葉でした。
ことわざの『急がば回れ』とは、「成果を得るには、例え遠回りをしても安全で確実な方を選べ。」という意味。実はこの『急がば回れ』ということわざは、琵琶湖で産また言葉なのです。
その端緒は、室町時代終りの連歌師(れんがし)・宗長(そうちょう)が残した1つの歌にあります。
その歌とは、「武士(もののふ)の矢橋(やばせ)の船は早けれど急がば回れ 瀬田の唐橋」。宗長はなぜ、距離にすれば10キロ以上もの回り道をした方がよいと歌ったのでしょうか。

1つは、矢橋道(やばせみち)を進み、矢橋港(やばせみなと)から琵琶湖を船で渡る『水路』。もう1つは、東海道をひたすら歩く『陸路』です。

近江八景のひとつ『矢橋の帰帆』では、湖上にゆれる丸子船の白い帆いくつも描かれており当時の賑わいが見て取れます。
しかし、この船の行く手を、大きく阻む存在がありました。それは比良、比叡の山々から吹き下ろす突風『比良八荒』(ひらはっこう)です。この逆風を受けた船は、思うように前には進めず、時には転覆する危険もあったのです。
一方『陸路』は、瀬田の唐橋を通って歩く事3時間余り・・・。遠回りしても陸路の方が、安全・確実に大津宿に到達できます
この事から『急がば回れ』は始まった言葉なのです
木村 和央
この事から『急がば回れ』は始まった言葉なのです
木村 和央
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